東京高等裁判所 昭和55年(行コ)83号 判決 1981年9月28日
控訴人(原告) 社会福祉法人恩賜財団済生会外一名
被控訴人(被告) 中央労働委員会
補助参加人 全済生会労働組合外一名
主文
一 原判決中、控訴人社会福祉法人恩賜財団済生会の請求を棄却した部分を取消す。
二 前項の請求につき訴を却下する。
三 控訴人社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会中央病院の控訴を棄却する。
四 訴訟費用(参加によつて生じた費用を含む。)は、第一、第二審とも控訴人社会福祉法人恩賜財団済生会及び堀内光の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取消す。
2 控訴人らを再審査申立人とし、被控訴人補助参加人らを再審査被申立人とする中労委昭和五二年(不再)第五八号事件につき被控訴人が昭和五三年三月一五日付でした不当労働行為再審査申立棄却命令を取消す。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決
二 被控訴人並びに同補助参加人
控訴棄却の判決
第二当事者の主張並びに証拠関係
次に附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人ら(以下、控訴人社会福祉法人恩賜財団済生会を「控訴人済生会」と、控訴人社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会中央病院を「控訴人病院」と、それぞれ略記する。)の主張
1 控訴人病院の訴訟当事者能力について
控訴人病院が本件の不当労働行為救済申立の審査手続における被申立人適格を欠くものであることは、すでに述べたとおり(原判決三枚目裏六行目から同四枚目表三行目まで)であるが、すでにかかる被申立人適格を欠くものを名宛人とする救済命令が発せられ、しかもその結果名宛人が不利益を蒙るおそれがある場合においては、その名宛人に該救済命令取消の訴についての当事者能力ないし当事者適格を認むべきは当然であつて、控訴人病院についても本訴における当事者能力は肯定されるべきものである。
2 控訴人済生会の訴の利益について
被控訴人の本件命令によつて維持された初審命令の一部が前記のとおり被申立人適格を欠く控訴人病院を名宛人とするものであることは、すでに述べたとおり(原判決の別紙一、二参照)であるが、本件命令によつて維持された初審命令については、すでに控訴人済生会を名宛人とする緊急命令(東京地方裁判所昭和五三年(行ク)第六四号緊急命令申立事件、同庁昭和五四年五月二五日決定)が発せられているのであるから、控訴人済生会は、本件命令の全部の取消を求める訴につき、当然に行訴法九条所定の法律上の利益があるし、また、本件命令が維持した初審命令主文第2項の陳謝文の掲示命令については、すでに右命令の定める掲示期間の経過により、掲示義務は履行不能に帰し、ひいては、その取消訴訟についての訴の利益も消滅するとする見解も存在するが、控訴人済生会が本訴において取消を求めているのは、本件命令によつて維持された初審命令の全部であつて、その一部である初審命令主文第1項につき、前記のように控訴人済生会にその取消を求める訴の利益がある以上、これと一体不可分の関係にある初審命令主文第2項についても、その取消を求める訴の利益があることは、疑問の余地がないところである。
なお、そのほかに、現在補助参加人らを原告とし控訴人済生会を被告とする不当労働行為による不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(東京地方裁判所昭和五三(ワ)年第三一一九号)が係属中であり、控訴人済生会が右訴訟において勝訴するためには、本件訴訟における控訴人済生会の勝訴判決の効力を第三者たる補助参加人らに及ぼすのが最も直截かつ効果的である(行訴法三二条一項)。この点からも、控訴人済生会の本件訴訟における訴の利益は肯定されるべきである。
理由
一 控訴人病院の訴に対する判断
当裁判所も控訴人病院の本件訴は不適法として却下すべきものと判断するのであるが、その理由として原判決の理由説示のうち一二枚目表三行目から末行までを引用する。
二 控訴人済生会の訴の利益の有無についての判断
1 原判決事実摘示第二、一、1の事実は当事者間に争いがなく、この事実と前項において認定した事実によれば、本件命令によつて維持された東京都地方労働委員会の初審命令主文第1項(以下、単に「主文第1項」という。同主文第2、第3項もこれにならう。)は、控訴人済生会の組織の一部(支店)であつて、独立した社団又は財産とも認められない控訴人病院を名宛人とし、これに対して、補助参加人全済生会労働組合中央病院支部所属の組合員に対し同項所定の年末一時金の支払を命じ、主文第2項は、控訴人らに対して、同項所定の陳謝文の掲示を命じ、主文第3項は、控訴人らに対し、控訴人らが前二項を履行したときは、すみやかに東京都地方労働委員会にその旨を報告すべき旨を命じていることが明らかである。右主文第1項につき、それ自体の文言だけからすると、表示上の名宛人である控訴人病院を支配する実質上の使用者すなわち控訴人済生会を名宛人とし、表示上の名宛人である控訴人病院をして命令に従わせるよう義務づける趣旨の命令と解される余地がないでもないが、初審命令の理由とあわせ読むときは、東京都地方労働委員会は、控訴人病院を形式上及び実質上の名宛人として主文第1項の命令を発したものであり、また中央労働委員会も、同様の趣旨においてこれを維持したものであると解せざるをえない。
2 よつて、まず主文第1項及び主文第2、第3項中の控訴人病院を名宛人とする部分の取消を求める訴の利益の有無について検討する。
東京都地方労働委員会及び被控訴人が、控訴人病院の不当労働行為救済命令申立手続における被申立人適格ないし同委員会の発した初審命令に対する再審査申立人適格を肯定して初審命令ないし本件命令を発したことは、すでに見たところによつて明らかであるところ、準司法機関としての性格を有する労働委員会の発する不当労働行為救済命令ないしその再審査命令は、民事訴訟における判決に準ずべきものであるから、右の命令が、その名宛人として特定表示された当事者以外の者に対してはその効力を及ぼさない(民訴二〇一条一項参照)ものと解すべきは当然であつて、この理は、本件のように控訴人病院が控訴人済生会の組織の一部であつて独立の法主体性を有しない場合にも妥当するものと解するのが相当であり、従つて、控訴人病院に対する本件命令は、控訴人済生会には、何ら影響を及ぼすところがないというべきである。それ故、控訴人済生会は、主文第1項及び主文第2、第3項中の控訴人病院を名宛人とする部分については、当然にはその取消を求める法律上の利益がない。
また、控訴人済生会が主張するように、同控訴人を名宛人とした主文第1項の命令に従うべき旨を命じた緊急命令(東京地方裁判所昭和五三年(行ク)第六四号、昭和五四年五月二五日同裁判所民事第一九部決定)が発せられていることは、当裁判所に職務上顕著な事実であるが、凡そ緊急命令は、当該事件の判決の確定によつて当然に失効するものであり、右判決が本案判決のみならず訴訟判決をも含むものであることは、労組法二七条八項の規定によつても明らかであるから、将来に向つて緊急命令を失効させるためには、本案判決を必要としないし、また控訴人勝訴の本案判決があつたからといつて、緊急命令がさかのぼつて無効に帰する訳でもないから、緊急命令の存在を理由に控訴人済生会に前記の法律上の利益があるものとすることはできないし、他に右の法律上の利益を基礎づける事実を見出すこともできない。
従つて、控訴人済生会には主文第1項及び主文第2、第3項中の控訴人病院を名宛人とする部分の取消を求める訴の利益はないというほかはない。
3 次に主文第2、第3項中の控訴人済生会を名宛人とする部分の取消を求める訴の利益の有無について検討する。
前認定のように、本件初審命令主文第2項は、控訴人済生会に対して、初審命令書交付後一週間以内に、同項に定める陳謝文を同項の定めるところに従い一〇日間掲示すべき旨命じたものであり、また主文第3項の内容は、すでに見たとおりであるが、労組法二七条四項及び五項の各規定によれば、初審命令は、その写が当事者に交付された日から効力を生じ、かつ再審査の申立は初審命令の効力を停止しないのであるから、その成立に争いがない乙第一三一号証によつて、被控訴人が本件の再審査申立につき審問の手続を終結した日であることが明らかな昭和五三年一月一二日には、主文第2項所定の陳謝文掲示期間が満了していたことは明らかである。してみると、前記のように初審命令のすべてを維持し、控訴人済生会の本件再審査申立を棄却した本件命令のうち、主文第2項をそのまま維持した部分は、必ずしも当を得たものとはいいがたいけれども、もはや右第2項による掲示義務の履行が期間経過により不能であり、かつ他に控訴人済生会が本件命令の取消によつて回復すべき法律上の利益を有すると解すべき事情が認められない以上、主文第2項の当否を云々することは無意味であつて、控訴人済生会には主文第2項の取消を求める利益はないものといわざるを得ない。なお、控訴人済生会は、現に係属中の補助参加人らを原告とし、同控訴人を被告とする不当労働行為による不法行為に基づく損害賠償請求訴訟との関連において、前記の訴の利益の存在は肯定されるべきである旨主張するけれども、行訴法三二条一項の規定によつて取消判決の効力が第三者に及ぶのは、右判決の主文に包含されるものに限られるのであるから、控訴人済生会が本件訴訟において勝訴判決を得たとしても、それによつて控訴人済生会の不当労働行為の不存在が確定する訳ではなく、従つて同控訴人が直ちに補助参加人らを原告とする前記訴訟において勝訴判決を受けられるとはいえないのであつて、右訴訟の係属が控訴人済生会の前記訴の利益を基礎づける事情とならないことは当然である。
これまでに見たように控訴人済生会が主文第1、2項の取消を求める利益がない以上、主文第1、2項を前提とする主文第3項についても、その取消を求める訴の利益がないことは、あらためて喋々するまでもない。
三 以上のとおりであつて、控訴人らの本件訴は、いずれも不適法として却下すべきところ、原判決中控訴人病院に関する部分は相当であるが、控訴人済生会に関する部分は不当であるから、これを取消し、同控訴人の訴を却下することとし、訴訟費用(補助参加人らの参加によつて生じた費用を含む。)の負担につき民訴九六条、九四条、八九条、九二条但書の各規定を適用し、また控訴人病院は訴訟当事者となりえないのに堀内光が代表者として訴を提起したものであるから九八条一項を準用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石川義夫 寺沢光子 原島克己)